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金沢地方裁判所 昭和60年(ワ)67号 判決

原告

吉田外茂治

右訴訟代理人弁護士

塩谷脩

被告

英タクシー株式会社

右代表者代表取締役

及川亮

被告

垣坂俊寛

右被告ら訴訟代理人弁護士

北尾強也

岩淵正明

奥村回

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは連帯して、原告に対し金一、四〇一、四九五円およびこれに対する昭和五九年一一月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  (原告)請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五九年一一月二三日午後一時

(二) 場所 金沢市兼六町二番一七号先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(石五五う八二〇)

運転者 被告垣坂

(四) 被害車両 普通乗用自動車(石五六り四六九)

運転者 原告

(五) 事故の態様

前記日時場所において、原告運転の右車両(以下「原告車」という)に先行する石川交通の自動車が客を乗車させるために停車し、その後続車が停止したので、原告車も停止したところ、原告車に追従していた被告垣坂運転の前記加害車両(以下「被告車」という)が原告車に追突した。

2  原告は、右事故により頸椎捻挫(むち打ち症)の傷害を受け、次のとおり治療した。

(一) 昭和五九年一一月二四日から同月二五日まで小池病院に通院(実日数一日)。

(二) 同年一一月二六日から昭和六〇年一月一六日まで五二日間右同病院に入院。

(三) 昭和六〇年一月一七日から同月二二日まで右同病院に通院(実日数四日)。

(四) 同年一月二九日から同年二月六日まで金沢マッサージ治療所に通院(実日数四日)。

3  被告らの責任

(一) 被告垣坂は、前方注視の注意義務を怠つた過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づく不法行為責任がある。

(二) 被告英タクシー株式会社(以下「被告会社」という)は、被告車の保有者で自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条による責任がある。

4  損害

(一) 治療費関係 一四、〇〇〇円

(1) 小池病院診断書作成料 一、〇〇〇円

(2) 金沢マッサージ治療所治療費 一三、〇〇〇円

(二) 入院中雑費 五二、〇〇〇円 一日一、〇〇〇円の割合による五二日分。

(三) 通院交通費 二、五二〇円

バス往復二八〇円で九日間(通院八日、入退院時一回分)

(四) 休業損害 八一二、九七五円

原告は、金沢市兼六元町三番六四号リラビル二階で兼六結婚相談所友の会の商号で女子従業員一名を雇用し、婚姻の紹介、結婚相手の調査、結婚式の式場司会の紹介等の営業を行なつていたものであるが、本件事故による入院のため、右店舗の賃貸借契約を解約し、従業員も解雇し、右店舗を閉鎖して、現在自宅において営業をしている。

ところで、原告の収入は一定せず、実収入の把握が困難であるので、昭和五八年男子全労働者四五歳の平均賃金によると、その年収は四、九四五、六〇〇円になる。

原告は、昭和五九年一一月二四日から昭和六〇年一月一六日まで全期間労働できず、その後の八日間は通院により半日は稼働できなかつたので、稼働できなかった期間は延べ六〇日間となる。

従つて、右六〇日間の収入八一二、九七五円が逸失利益の損害となる。

(五) 慰藉料 六〇〇、〇〇〇円

(六) 損害填補

原告は、自動車損害賠償責任保険から二〇〇、〇〇〇円の給付を受けた。

(七) 弁護士費用 一二〇、〇〇〇円

5  よつて、原告は被告らに対し連帯して、第4項(一)ないし(五)、(七)の損害額合計から同項(六)の填補分を控除した残額一、四〇一、四九五円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和五九年一一月二四日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  (被告)請求原因に対する認否

1  請求原因第1項記載の追突事故の発生の事実は否認する。

原告車が急停止した後、後続していた被告車が急停止したが、被告車は原告車に追突していない。

2  同第2項の事実中、原告の受傷の事実を否認し、その余の事実は不知。

3  同第3項(一)の事実は否認し、同(二)の事実中、被告会社が被告車を保有していることを認め、その余は争う。

4  同第4項(六)記載の保険金が仮渡金として支払われたことを認め、その余の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉を総合すると、次のとおりの事実が認められる。

1  被告垣坂は、昭和五九年一一月二三日、被告会社にタクシー運転手として雇用され、同日から被告車を運転して運転業務に従事していたが、同日午後一時頃、金沢市兼六町二番一七号先路上において、原告車に追従して進行中、原告車が、その先行車が停止したため、急停止したので、被告垣坂も被告車を急停止したが、被告車の前部バンパーが原告車の後部バンパー中央付近に追突した。

2  追突の衝撃を感じた原告は、直ちに被告垣坂に対し降車するよう合図し、双方降車後、原告は原告車後部バンパー中央部の深さ数センチ程度の凹損部分を追突の箇所として指示し、被告垣坂も結局追突の事実を認め、双方話合いの結果、原告は同被告に対し原告車の右バンパーの修理代として一〇、〇〇〇円の支払を要求したところ、同被告はこれを承諾し、当時所持していた五、〇〇〇円を即時原告に支払い、残額五、〇〇〇円は、後刻原告が指定した喫茶店へ持参して支払うことを約束した。

なお、右現場において、原告と被告垣坂が双方の車両の状況を確認したが、被告車の前部バンパーには格別の損傷は認められなかつた。

3  原告は、右同日午後二時頃、先に指定した喫茶店へ赴いたが、被告垣坂が前記残額五、〇〇〇円を持参して来ないため、被告会社へ架電し、被告垣坂に前記事故現場近くの兼六園下巡査派出所へ来るよう連絡を依頼し、その連絡を受けて同派出所へ来た被告垣坂と共に、同派出所勤務の警察官に本件事故の申告をした。

同警察官は、原告および被告垣坂の指示説明に基づき、原告車の後部バンパーの前記凹損部分を確認し、また、被告車には格別の損傷がないことを確認のうえ、被告垣坂が前方不注視の過失による追突の事実を認めたので、被告垣坂から安全運転義務違反による反則金を徴収した。

4  以上のとおりの事実が認められ、右認定を左右しうる証拠はない。

被告垣坂本人尋問の結果中には、右認定に反し、被告車は原告車に追突しなかつた旨の供述部分があるが、同被告は他方で、その本人尋問において、被告車が前記急停止時に原告車に全く接触しなかつたとは確信を持つて断言できない旨の供述をしていること、原告は、前記認定のとおり、追突の衝撃を感じたからこそ、後続車の被告垣坂に対し直ちに降車するよう合図したものと推認しうること、被告垣坂は前記認定のとおり警察官の面前においても追突の事実を認めていたこと、以上の諸点を考慮すると、追突の事実を否認する被告垣坂の前記供述部分はたやすく措信し難い。

二〈証拠〉によれば、原告は、本件事故の翌日である昭和五九年一一月二四日、めまい、嘔気、頭痛、頸痛、背痛、腰痛を訴え、医師小池留男の診察を受け、「むち打ち症」との診断がなされ、同年一一月二六日から昭和六〇年一月一六日までの同医師の所属する小池病院に入院したこと、右初診時の頸部レントゲン検査の結果によれば、原告の頸椎椎間板にやや狭いと思われる箇所が認められたが、他に他覚的な所見はなかつたこと、右入院は、安静を要するとの同医師の判断によつたものであり、入院期間中には、患部の湿布、頸部の介達引、投薬等の治療が行なわれたが、格段の症状の変化が現われないまま、同医師の勧めにより原告は昭和六〇年一月一六日退院し、同年一月二二日治療を中止したこと、なお、右入院中、原告は、めまい、嘔気、頭痛等の脳症状を訴えたので、同医師は脳波検査を二回実施したが、格別の異常を認めなかつたこと、以上のとおりの事実が認められる。

原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当日の夜、目が充血しているのに気づき、首と肩甲骨の部分が「ひりひり」するようになつたことから、翌日、前記医師の診察を受けた旨供述するのであるが、前掲乙第一号証の診療録によれば、初診時に眼底検査を実施した旨の記載があるが格別の異常を認めたとの記録がなされていないし、原告の両眼が異常に充血していることを確認した旨の記載もないことが認められ、これらの事実および証人小池留男の証言に照らすと、原告の両眼に本件事故による頸部等の傷害と関係ある充血が生じたか否かについては必ずしも本件証拠上明らかではない。

以上の諸点と前記認定のとおりの本件追突事故の態様とを総合的に考察すると、本件追突事故の衝撃により原告車の後部バンパーには僅かな凹損が生じたが、被告車の前部には格別の損傷が生じなかつたことから、被告車はそれ程大きな力で原告車に追突したとは推認し難く(なお、証人高山隆は、右のような事故態様から見て、交通事故処理に当つている警察官としての経験に照らし、被告車は停止する寸前に原告車に追突したもので、その力は軽度であると思われる旨証言している。)、従つて、本件事故により前記のとおり五二日間もの入院治療を要する傷害が原告に発生するとは推認し難いうえ、原告が前記医師に訴えた前記症状については、いずれもこれを肯認しうる他覚的所見はなく、また、右症状の訴えは、右入院期間中の各種の治療によつても格段の変化がなく、そのまま治療中止に至つているのであり、本件事故により原告主張のような程度の傷害が発生したと認めるには重大な疑問が残る。

また、原告および被告垣坂の各本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故後、前記入院前に知人の加藤某に依頼して、同人を被告会社に赴かせたところ、加藤某は被告垣坂に対し、原告が入院すると言つているが、いくらか金銭を払えば自分の力で入院することを止めてやる旨述べたが、同被告が、加藤某に対し被告車を見せ、衝突痕がなく、追突した覚えがない旨説明すると、同人は「自分は来なかったことにしてくれ。」と言つて戻つたことが認められ、以上のような事実に照らしても、本件事故により前記程度の傷害が発生したという原告の主張には疑問が生じる。

なお、原告本人尋問の結果中には、本件追突の衝撃により原告車は当初の停止位置より約五〇センチメートル前方へ押し出された旨の供述部分があるが、本件事故直後に確認した時に停止した原告車後部バンパーと被告車前部バンパーとの間隔は約五ないし一〇センチメートルであつた旨の被告垣坂本人尋問の結果中の供述部分に対比すると、原告の右供述部分はたやすく措信し難い。

以上のとおり、本件事故により、これと因果関係のある原告主張の程度の傷害が発生したことを認めるに足りる十分な証拠はない。

三そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は失当として棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官多田 元)

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